東郷平八郎元帥の書
今日(すでに日付が変わっているので正確には昨日)、用事で本部半島
まで行ったので、ちょっと足を伸ばして運天港まで。

天気は上々。 暑い位でした。
若い頃は良く釣りに来てましたが、大物が釣れた記憶はないですね~。
たぶん、釣れないからムキになって通いつめたのかも知れない。
そんな思い出のある場所なんですが・・。
運天港は、源為朝が運を天に任せて流れ着いたので、
その名が付いたと伝わっています。
・・・源為朝公は、伊豆あたりに島流しになってそこで死んだというのが
事実で、運天港に来たというのは伝説の域を出ないそうです。・・・
その真偽のほうは分かりませんが、歴史ロマンに誘ってくれる物語
として面白いじゃないですか。
さて、港の裏手にある丘の上に、為朝公上陸の碑が有るのですが、


その碑文を書いたのが、バルチック艦隊を撃破した東郷平八郎元帥なんです。

読みづらくなってますが、「元帥伯爵東郷平八郎書」と刻まれてます。
最近そのことを知り、ぜひぜひ拝ませて貰おうと思って行って来ました。
大正十一年建立と後ろ側に刻まれていますが、
よくぞ残っていてくれたと感慨物です。
これも、歴史的遺産だと思いますよ、ハイ。
大切に残して行って貰いたいですね~。
ここ運天港から、源平合戦や日本海海戦に
思いを馳せる事が出来るというお話でした。
まで行ったので、ちょっと足を伸ばして運天港まで。

天気は上々。 暑い位でした。
若い頃は良く釣りに来てましたが、大物が釣れた記憶はないですね~。
たぶん、釣れないからムキになって通いつめたのかも知れない。
そんな思い出のある場所なんですが・・。
運天港は、源為朝が運を天に任せて流れ着いたので、
その名が付いたと伝わっています。
・・・源為朝公は、伊豆あたりに島流しになってそこで死んだというのが
事実で、運天港に来たというのは伝説の域を出ないそうです。・・・
その真偽のほうは分かりませんが、歴史ロマンに誘ってくれる物語
として面白いじゃないですか。
さて、港の裏手にある丘の上に、為朝公上陸の碑が有るのですが、


その碑文を書いたのが、バルチック艦隊を撃破した東郷平八郎元帥なんです。

読みづらくなってますが、「元帥伯爵東郷平八郎書」と刻まれてます。
最近そのことを知り、ぜひぜひ拝ませて貰おうと思って行って来ました。
大正十一年建立と後ろ側に刻まれていますが、
よくぞ残っていてくれたと感慨物です。
これも、歴史的遺産だと思いますよ、ハイ。
大切に残して行って貰いたいですね~。
ここ運天港から、源平合戦や日本海海戦に
思いを馳せる事が出来るというお話でした。
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カテゴリ : 沖縄的史跡